コウサクからの報告で​す。原文のまま載せま​す。

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おはようございます
KOUSAKUです。
無事何事もなく昨日福島県郡山市のビッグパレットという大きなイベント施設に物資を届けて参りました。

【ご報告】
先方の陣頭指揮をとってくれていた地元郡山の方々をはじめとした、高校生のボランティアや青年部のみんなはみんな家が傾いたり大変ななか、元気に力を合わせてボランティアをしていました。

一緒に行った僕のボランティアチームで、副実行委員長をやって頂いているZERO1という団体の社長兼プロレスラーの大谷晋二郎さんファンが多くいらっしゃいました。その中には20年前、福島中央テレビで僕が番組に出演していたので、その番組のことを覚えている方々がいて熱く向かい入れていただきました。
皆様から頂いた物資は4㌧車両いっぱいでしたが、この熱い仲間たちとあっという間に運び出し、大変喜んで頂いたのが本当に嬉しかったです。
避難されている方々は、海側の富岡という町をはじめとした地震・津波・原発の被害を受けた方々1600名。まだ、昨日もバスなどで続々と避難してきて、おそらく2000名を超えたと現地のの方は言っていました。

避難所は通路、フロア、イベント会場のすべてに人・人・人。段ボールを立ててで自分のスペースを確保出来て方はまだいい方ですが、通路で毛布を敷いて寝ている方々は、常に目の前に靴が行き交う状態。あれではストレスが溜まらないわけないと思いました。

そんな避難所で話をいろいろ聞いて歩いき、ひとりの女性からの話しですが、
『私の町、富岡町はでは海そばの多くの家屋は地震後の津波にのまれ、高台だった私の家、近所の住民たちはそれでも復旧に向けがんばろうとい矢先に翌日突然の避難命令を出されました。
電気系統の復旧もないままだったので、テレビが映らず「なんで避難なの?・どうせ明日には戻れるだろう」と着の身着のままで避難。
10キロ県外、20キロ県外と避難して現在の郡山ビッグパレットには3日前に入り、遂に避難して10日も経ってしまいました。

避難所で入ってくるテレビ・ラジオの情報で原発が爆発したと知り、そのままにしてきた家やペットのこと思うとやるせなさや悲しさや怒りで眠れない』とおっしゃっていました。

何が一番つらいか?
それは、「いつ帰れるかわからない」ということだそうで、イライラと先の見えない生活に不安を訴えていました。

昨日もそんな空気漂う避難所で、ストレスからか?倒れてしまうお年寄りが2名酸素マスクを付けて救急車で搬送されてました。

明日も見えない生活。
そんな敵と戦う被災者の皆さん。しかし地元ボランティアで無料針治療をしていた方からは、こんな意見も。

『僕の実家は南相馬市で、実家は津波でなくなりました。お父さん・お母さんはなんとか一命を取り留め、現在は会津若松の親戚の家に避難。僕は郡山で鍼灸の仕事をしていますが、今は仕事もないし、家にいても仕方ないのでここで無料ボランティアとして入りました。3日ほど前から人が続々と増え、最新は神妙な面持ちの被災者方々も2日も断てばここの生活に慣れ、食料もあるし、水や毛布もある。義援金も集まって来るし、全部ただでしょ。
そんな感じで一日何もしないで寝てばっかり。ボランティアで入っている地元郡山の僕らも家が無事とは言え、半壊した家の片付けもしないで頑張ってる人ばっかり。なのに動ける人もいっぱいいるのになんで自分から動いてくれないんだ!?精神的につらいのはわかるけど、これじゃやってられない。義援金だってあっちこちで有名人の方々が一生懸命集めているのに逆に申し訳ない』そんな不満をもらしていました。

現地に行かないとわからない声で、この声を聴いて行った意味があると思いました。

地震発生から10日目の昨日3月20日。ボランティアで動く側も受ける側も精神状態はよろしくないかなと。
でもそんな中、一生懸命外で炊き出しの豚汁を作ってた木谷畑一正(きやはたかずまさ)さんという被害のあった富岡町消防団の方は『家がなくなっちまってよ!今着てる服はもう5日目だよ、参っちゃ~よ、大変だ~!!
地震・津波・放射能。特に放射能は目に見えねぇからよやっかいだな。消防車のホースでバァーっと流せんなら長っしゃあけどよ、見えねぇから何処にかけていいかわかんねぇべ。まぁ~流されたのは家だけどよ!!カッカッカ(笑)
どっから来た?浦安っ!?ディズニーランドに行くのにここは夜中3時に出んだよ。千葉かっ!?千葉はいいよな千葉に引っ越すかな!!カッカッカ~!!(笑)』大変な自分の状況にも関わず、めちゃくちゃ明るい方。逆にパワーもらっちゃいました。

その他、子供達が元気に遊び回ってる姿を見て僕も笑顔になりました。
電気もなく、ましてやゲームなんて・・・でも子供は遊びの天才。段ボールで作った積木やボールで一生懸命遊んでて、不謹慎だこど子供のためには少しいいかもって思いました。心の傷や重さはわからないけど、きっとこの子たちが次の未来を創ってくれるって、間違いだらけの今の日本や世界を変えてくれるって遠くから見つめてました。

今回この現場に行けたことは、歌やDJとメッセージを発信する僕にとって、またまるごみといボランティア団体の代表として大変得るモノが多くありました。

これは物資をご提供して頂いたありとあらゆるブレーンの皆様?物資を集め「自分の手で届けるんだ」と発信し集めた物資を細かくまとめ、車に運び入れたゼロワン大谷社長やレスラーの皆さん。同じく連絡してすぐに物資を集め作業された株式会社・日本都市、車を用意し、前日遅くまで一つ一つ物資をチェックして車に運び入れたダイムの社員の皆さん。 生き返りガタガタの東北道路を運転してくれた石田事務局長。今回バタバタの中で残念ながら手違いもあり、お会い出来なかった郡山の河村さん。彼が自転車で走りながらビッグパレットの情報をかき集めたからこそ行けたこと、またその河村さんを繋げてくれた森さん。これだけの方々の「想い」が一つになり、行く機会を与えてくれたこと。必ず次に繋げます!! 必ずみんなで前に進みます。

幸せのカタチは人それぞれ違いますが、世界共通なのは笑顔です。一人でも多くの笑顔を取り戻すために出来ることやっていきましょう。 皆さん本当にありがとうございました。
ちなみに明日また福島県南相馬市に飛ぶことになりました。新潟のNPOの方が毎日物資を届けていますが、1100人の方が避難出来ず飢えと戦っています。

すでに船橋大原さんが食料集めをしていて、僕も昨日浦安に着いてから呼びかけをして先輩から10万円と山梨のスーパーやまと社長から頂いたお米250㌔があります。 先方はかなり切羽詰まっていて急ぎです。
明日朝6時に船橋の大原さんの会社を出発します。
引き続き食料ありましたら大原さんへ
 
送付先は
〒272-0805
千葉県市川市大野町2−603  (株)日本都市 資材センター
TEL 047−703−7617
FAX 047−703−7613
 
お間違いのないように宜しくお願い致します!

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2011年03月22日 コウサクからの報告で​す。原文のまま載せま​す。 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 東日本大震災支援

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